ホームページ > Progreson > N-ro 26 > 遠足の朝

| 出発前に記名した人数 | ボランティアガイド | ||
| 1. | 兼六園・長町方面 | 31人 | 南 幸雄さん |
| 2. | 東山茶屋街・主計町 | 24人 | 山田 信子さん |
| 3. | 寺町寺院群 | 5人 | 中野 敬子さん |
| 4. | 野田山墓地 | 5人 | 家 温美 |
予約した人が1人もいなかったのに、シティモンドのロビーを埋めたこの人たちの多さ。書いたのと違うところへ行った人もある。1.などは露・中・韓・独の人も来ている。
この朝初対面のガイドさんに人数の把握も不十分なままバトンタッチ。徒歩でやや距離のあった1.はとっとこ先に行くグループもあって、解散までには減ったらしい。
さいわい、ガイドの南さんは県立工業高校の校長さんでいらした方で、まずホテル向かい側の寺島蔵人低跡を通って兼六園へ。せめてあのお庭の古梅だけでも見せてあげたかった。こんな古い樹によくぞ咲いてくれると思われる梅。これを生かしている庭師は誰だろうかとも思うがらんどうの古梅なのだ。 どうだんの季節はこれもまた美しい。あらためてまたどうぞ。
2.で私は卯辰山の高い所で3点を思ったが、平場だけでいっぱいですとのことだった。七稲地蔵、泉鏡花、茶屋街、箔 K.T.P 夜「のれん」(スナック)を紹介して喜ばれた。「このぎっしりつまった日程の、どこで街を見られるというのよ」と言う人もあった。
3.はタクシーで犀川大橋下流左岸の雨宝院から。ここは犀星の育ったお寺。人骨を固めて作った仏像がある寺など金沢人も一度ガイドされたほうが良いと思った。
このグループは右岸の犀星碑前から杉浦街の小路へ入った。 ガイドさんが川西先生宅まで紹介されたので、たいそう喜ばれたということだった。景観の良さも土産ばなしになったと思う。
4.は野田山墓地群。前田家関係があまりにも多かった。幸いタクシーの運転手さんの一人がくわしくて禅宗の墓に鳥居がある理由を話してくださった。それは良くも悪くも日和見加賀藩らしい判断から、幕末に建てられたものであるとのこと。
次は尹奉吉(ユン・ボンギル)の墓と碑。碑は祖国、朝鮮半島の方を向いた大きな亀の上に建っている。実践倫理会館が間もなくというあたりの左側。次は犀星の墓。満蒙開拓で移住した人たちの碑も珍しがられた。滋賀県には無いと言われた。この墓場だけのコースをアメリカのカップルは面白かったと言ってくれた。それはドイヒロカズさんが通訳してくださったからだと思う。歩いて帰るという3人をタクシーにのせてしまい申し訳ないことだった。自分一人で気がせいていたのだ。会場ではまだいっぱいやるべきことがあったのだった。