ホームページ > Progreson > N-ro 26 > 日本大会が終わって
私の第85回日本エスペラント大会は今思うと、昨夏の池田での大会にはじまっていたのかもしれない。もちろん川西先生、松田先生また先輩達は、ずっと前から様々な構想、準備をされていたのだろうが。
日本大会参加は、私にとって池田が初めてではなく、過去2回亀岡で経験していたが、それはあくまでgasto(お客)としての参加だった。
せっかく此の金沢で開催されるのだから何とか大会のお手伝いができないかとの思いでの、私の池田大会参加は、もちろん人から見れば単なる参加に見えるに違いないが、心の中ではまるで自分が参画しているような感覚で、なにかしらいろいろなことが気になったりどきどきしたり、はっきりとpartopreniしたと実感できるものだった。正直、体は大型だが心は繊細な(自称)私は、未知の日本(四国に渡るのは初めて)、未知の大会(たぶん知人が極端に少ない)ということもあっての事かもしれないけれど。
大会冒頭から何か居場所がない、プログラムがわからない、でも大会の外に時間を過ごす場所も見つけられない(なんとなく閉鎖感を感じてしまう)、此の大柄な自分を自由においておくスペースがないのである。行事や受付等には係員の方々が詰めておられるが、全体的に係員の方々がプログラム、内容をつかめておられない様な気もする(実際金沢でも同様だったように思う)。 日本語がとびかっているかと思えば、進行はエスペラントのみ、何か年期のはいった人が多くみられる。もちろん良い事は多くあるのだが、ついアラ捜しをしてしまう。地方開催の意義は理解出来るし、地元の方々の熱意も伝わってくるのだけれど・・・。
エスペラントの明るい未来のようなものがほしいというのが率直な感想で、 またkomencantoとしての視線で、参画意識を持って参加できたことは本当によい経験になったと思いました。
池田での大会が終わって、しばらくは異様に燃えていたのだけれど、何をさせて頂けるのか、何が自分にできるのか、大会のノウハウがないものにとっては全てが暗中模索だった。何か具体的な進行が見えてこないのがまた不安だった。
でも今になって思うのはその時期が大切だったし、各先輩達の漠然とした夢、思いがその時に熟成されたのではないかと思えた。
自分は小さな事ばかりに気をとられていたけど、此の金沢の大会が成功したと思われる様々な構想は、その時にほぼ決まっていった様に感じるのです。
全般の役割が出来てきて、自分の仕事がわかってきて、いざ仕事し始めた途端ぶつかった問題は、エスペラント運動とはどういったものなのか、あるべき形態はどういったものなのか、また果たして形態はあるべきなのか、だった。
何を抽象的な事を言っているかと言えば、他の人に日本大会開催を説明し、協力、後援をお願いする段になって、口で説明すればするほど自分勝手な理想が勝手に口から出現してしまうのだけれど、矛盾の深みにどっぷりと浸ってしまい、中途半端な事しか伝えきれなかった反省がその度にあったわけです。人に尋ねられる度に『エスペラント』とは何で、未来はどういう展望で、日本大会開催の意義は何?を結局何遍も繰り返しているという事が起ってくるわけです。
人は(とくに日本人かな?)、何事もまず外面から入る様で、ある一定の基準に巧く合致していないと、思いはある程度伝わったとしても基本的には門前払いが原則のようです。(非利益的なことは非現実的というような漠然とした厭世観?)
そういった意味において日本のエスペラント界は、良い意味で漠然としていて理想理念が第一義的な雰囲気で(さすがエスペラント!)、対外的な原則的な事があまり整備されていないように思われ、そこが良い一面ではあるものの、他者が容易に仲間入りが出来にくい一面がある様に思われます。
すべてが今日的になってしまってはまた良くないと思うけれど、少しずつ改善出来るものは改善していくのが現実的な未来を育むものと思われました。
実際『エスペラント』という単語自体が非常にマイナーなのは本当に恐い。毎回行事の段取りをする度にエスペラント自体を説明するという事態、毎回前述のような煩悶が毎回自分の中で繰り返されるわけです(そうでもないか)。お弁当の大友楼さんが日本エスペラント大会を日本エステランド大会と聞き違えた様な事はごく当たり前におき得るというのが現実のように感じます。
『エスペラント』をどう広告していくのか、EUでの公用語採用を強く押し進め実利をより拡大し宣伝していくのは正しい一つの大切な要素ではあるけれど、またこの価値観の不確実な今こそ、その理念思想をより大きく述べていく事も大事な事になっていく気がしています。
此の金沢での大会においては、前の池田において自分が感じた細かいところは、あまり改善されなかったかもしれないけど、外面的には、一般の人に於いてはある意味で、大変画期的な催しが開催されたと感じるに足るものが実現された様に思われます。近代的文化的な会場に於いて、国際色に溢れた華やかさで、学術的な文化的な各種の催しがしかも地球環境をテーマに開催された事実。そこには人間的な年齢を超えた若さ、情熱が、自由な感性で組み上げられたものを感ぜずにはいられなかったに違いないと大変楽観的に自己中心的に断言するものです。